納豆への思い納豆への思い

社長写真

有限会社 下仁田納豆
代表取締役 南都隆道

自信・誇り・情熱を持って、
私たちが本当に美味しいと思える
納豆を造り続けます

下仁田納豆は、1963年に群馬県下仁田町で開業し、1992年に私の代へと受け継ぎ、現在まで50有余年続いている納豆店です。
北海道産や群馬県産の良質の大豆を使い、昔ながらの手造り製法、美味しい納豆造りに有効的な圧力釜の導入など、完成する美味しい納豆にとってより良い製法を組み合わせ、今も昔も変わらず、私たちが本当に美味しいと思える納豆を造り続けています。
下仁田納豆の特徴の一つでもある、納豆を包む「経木」もまた、群馬県産の赤松を使った昔ながらのもの。地域の森林の有効活用と循環、赤松経木ならではの天然の抗菌成分とほのかな木の香りも、下仁田納豆には欠かせないものです。

農家のみなさんが大切に育ててくれた大豆を水に浸し、圧力釜で蒸煮、蒸しあがった大豆にジョウロで納豆菌を散布し、手作業で経木に入れて、備長炭とやかんの蒸気で温度・湿度を保った室(むろ)で発酵させ、冷ましながら熟成、そして包み、出荷する。
全体の流れは今も昔も変わらず、美味しい納豆をお客様の食卓にお届けするために、日々真っ直ぐに納豆を造っています。

納豆造りに自信と誇り、情熱を持って。下仁田納豆は、昨日も明日も変わらず美味しい納豆を皆様にお届けいたします。

製造風景/手元写真

手造りだから、
生産量は急には増やせない
人の成長と共に、
生産性を上げる

衛生管理やコンピューター制御の圧力釜など最新の技術も使っていますが、基本はひとつひとつ手作業で行うのが下仁田納豆の納豆造り。日々の湿度や豆の具合によって浸漬時間を調整し、釜の圧力を調整する。そんな、人の目と手で日々の納豆造りを行っています。
おかげさまでお取り扱いいただく店舗数も増え、直接のご注文も多くいただいております。しかしながら、手造りゆえに急に生産量を増やすことはできません。
新しい人材が入り、成長する中で、生産性が上がる。2019年現在、下仁田納豆の納豆生産量は1日あたり13,000食としています。徐々に増えてのこの生産量ですが、最も大切にしたいものは「品質」です。
美味しい納豆とは、お客様にお喜びいただける納豆造りとは。常に探求を重ねた上でたどり着いたのが、現在の下仁田納豆です。どうぞ全国の食卓で、楽しんでいただければ幸いです。

製造風景/広角写真

下仁田納豆の歴史下仁田納豆の
歴史

昔の写真 昔の写真

昭和38年創業。
先代の引き売り販売から
始まった下仁田納豆は、
現在、日本全国へ。

1963年(昭和38年)、先代である伊藤幸夫が群馬県下仁田町に伊藤納豆を開業しました。
納豆店と言っても店舗は持たず、自宅を工場に先代夫婦が納豆を手造りしていました。現在のようなこだわりの大豆ではなく普通の大豆を使い、主婦の方々が買いやすい低価格の納豆を造り、毎朝の朝食の時間に合わせて「なっと〜、なっと〜」と自転車で売り歩く「引き売り」。現在ほど流通の発達していなかった時代では、その地域ごとに納豆屋があり、豆腐屋があり、八百屋があるような時代でした。

普通の納豆とはいえ、今も受け継がれている製法、発酵には暖房設備を使うのではなく備長炭にやかんをかけて湿度を高めた室の中で発酵させていました。温度調整は難しいものの、芯まで温まりふっくらと仕上がるため、近所でも評判の納豆でした。最盛期には1日1500個を販売するほどでした。

時代と共に朝食を家族で食べることも減り、納豆の売り上げも少なくなったことを受け、納豆店を閉めることを考えていた頃、長男である現社長の隆道が受け継ぐことを決め、当時勤めていた会社を辞め、社名も「下仁田納豆」に改名し、今に至ります。

開業当時は近隣のお宅に販売していた納豆。紆余曲折ありながら、現在では全国約190の百貨店やスーパーで販売されるようになり、手造りならではの味わいに多くのお客様からご好評をいただいております。

昔ながらの製法と味を大切に、未来へとバトンをつなげていく。私たち下仁田納豆は、今も昔も変わらず、真っ直ぐに納豆造りを行ってまいります。

昔の写真 昔の写真